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四季折々紀行/如月

真つ白き障子の中に春を待つ 松本たかし

二月はきさらぎ。
月はじめに立春を迎えるため、陽暦でも春に入りますが、実際の感覚としてはひとしお余寒のきびしい季節。三寒四温の四温になごみ、三寒の思わぬ春雪におどろきながらも、光に澄み透ったあざやかさが生まれ、春色をおびた夕空の明るさにも少しずつ日脚ののびを感じさせるころです。

如月の語源については、寒さに着物をさらに重ね着る意の衣更着「きぬさらぎ」がつとに有名ですが、陽気がやって来るところから気更来「きさらき」、草木の芽が張り出す草木張月「くさきはりつき」、この月に田を鋤き畑を打つので鋤浚「すきさらぎ」など諸説ふんぷん。

わけても、白雪におおわれた枯草にわずかな新芽が萌えはじめるのを見つめた「生更ぎ(きさらぎ、いきかえること)」ということばを語源とする説には、先人が侘び茶の心を託した、藤原家隆の「花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや」という歌のように、モノクロームの世界に輝き出す生命の色を感じさせられます。

「きさらぎ」という語は、奈良時代に書かれた『日本書紀』に見られ、漢字は、紀元前二世紀ごろ漢初期以前の中国で編纂された世界最古の辞書とも呼ばれる『爾雅(じが)』に「二月を如と為す」とあるところから「如月」の字を当てます。「如」の意味は、「序」と同じく物事の始まりとも。

陰暦二月の異称に「初花月」「梅見月」もありますが、ほかの花にさきがけて咲く花の兄たる梅のように、如月もまた季節のリーダーとして後に続く月日を導く役割を持った月といえるかもしれません。

冒頭に掲げた句の作者、松本たかしは「俳壇の貴公子」と呼ばれた明治生まれの俳人。宝生流能楽師の家に生まれ、六歳より父のもと能の修行に励みますが、十四歳で病のため能役者を断念。病床を見舞った父が持参した俳句雑誌『ホトトギス』により俳句に興味を持ち、その後高浜虚子に師事します。巧みな比喩を用い、平明なことばで品位ある美しい句を残しました。

真っ白な障子は、うつろうかすかな光や風にゆらぐ木の枝、飛んで来る鳥の影のきらめきを映して、その室に坐していると、あたかも万華鏡の中にいるかのようです。

日の光はすでに春ですが、気温は冴え返る季節。お互いに釜の湯気の立ち上る部屋の時間を大切に、春を待ちましょう。
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by dairoku-higashi | 2014-02-06 11:00 | 四季折々紀行
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